20話 急達



「失礼します、総帥」

きびきびとした声を上げながら、ユウの眼前に立つ少年は扉を開ける。

ここに集合するよう呼びかけた張本人であるセツが扉をあけ切ると、中に入りながら後続のユウたちを手招きした。

つられるように、集合した総勢8人が中へと入り込む。

相変わらずだだっ広い部屋の中央奥に設えられたワークデスクには、変わらぬ光景が見えた。

「現在当施設で管轄している異能者計8名、全員集合しました」

事務的なセツの声にこたえるのは、ふかふかとした黒い一人用ソファに腰掛ける壮年の男性。

「うむ、ご苦労セツ君。……君たちも、わざわざ足労願ってすまないね」

男性の名は、正義を意味する「アストレア」。現在集まっている桜流学園(おうりゅうがくえん)の異能者たちの、

上司的存在でもあり、保護者のような人物でもある、奇妙な距離感を感じさせる人物だ。

「いえ……。それより総帥、わざわざ全員を呼び出すってことは、もしかして……」

と、アストレアの謝辞を一礼で受け止めたソウが問いかける。

彼が危惧する問題は、おそらく今日のこの会議にて議題となる予定だった一件だろう。そう予測して、

そしてそれは外れなかった。

「うむ。……君たちに集まってもらったのは他でもない。やつら『ミラーフェイス』についての対策だ」

ミラーフェイス。つい最近になって活動を開始したという、ユウたち「World saver」の敵。

彼らの方法は狡猾、かつ残忍だと常々セツから聞かされているユウたちにとって、おおよそ見当がついていた議題だった。

そんな胸中の思いを知ってかしらずか、アストレアは深刻な表情を崩さずに放し始める。

「君たちも知ってのとおり、現在私たちセイバーは奴らの手による妨害行動に頭を悩ませている。

彼らの攻撃によって精神的にショックを与えられた隊員たちも多く、現在、対策を練っているところだ」

そこで、という一言で呼吸をおき、次いで発された言葉は少々メンバーの気力を削いでいた。

「新たな監視要員として、教員役の二名を桜流学園に配属することに決定した」

つまり、また新たなメンバーが増えるということ。セツは知っていたらしく眉をひそめるだけの反応だったが、

ほかのメンバーは各々がっくりとしていた。

「……ま、また仲間増えるんですか…………」

一番肩を落としていたのはソウだったようで、マンガ調にしてみればどんよりとしたエフェクトがかかっているような表情で

総帥の方を凝視している。意にも介さない殊勝な笑みで、アストレアは話を進めていったが。

「うむ。もう一人、転入生として人間を送る予定なんだが、いかんせんリハビリが不調でね。……ともあれ、紹介しておこう。

二人とも、入ってきてくれ」

「「はっ」」

アストレアの声に反応して別の扉から入ってきたのは、双方ともしっかりと成人した男女だった。

片方はいかにも硬そうな無精ひげを生やし、赤とオレンジで色分けされた小粋なバンダナを装着した男性。

もう片方は薄桃色のワンピースの上からこげ茶色のベストを羽織り、ソフトハットを被った長髪の女性。

毅然とした歩調で学生8人の前に歩いてきた二人は、なにやら笑顔を浮かべていた。

「えーっと、これからお前たちと一緒に潜入任務を担当する『ゴート・レッド』。本名は『山羊代 宗助(やぎしろ そうすけ)』

って名前だ。よろしく頼むぜ!」

朗らかに笑った男性――ゴートの横で、彼と対比すると相当小柄に見える(それでも高身長のギンに匹敵する)女性が

礼儀正しく腰を折って挨拶をする。

「あたしは『リア・オーガライト』。本名は『亘理 綾(わたり あや)』よ。教育指導として入るから、だらしない子は

覚悟しててね。まぁ、よろしく」

ゴートとはまた違う印象を受けるリアがはにかむと同時に、総帥からの説明が再会された。

「二人は私直属の部隊の人間でね。今回、増員が必要と判断した私の独断でそちらに編入することとなったんだ。

任務関連の関与は極力行わないから、安心してくれ」

つまるところ、仲間として異動はしてくるがあちら側からのコンタクトはないに等しいだろう、ということか。

そう解釈をつけて、ユウが口を開く。

「あの、質問いいでしょうか?」

「何だね?」

柔和な微笑を向けられながら、ユウは先刻から疑問に思っていたことを口に出した。

「ボクに……いや、私に何か、個人的な用があるとお見受けしますが」

つむがれた言葉を耳に入れたアストレアの目が、驚愕に見開かれる。横で待機していたセツのほうも同様だったようで、

若干身を乗りだしてユウのほうに顔を向けていた。

少しの間沈黙が続き、やがて降参だ、とでも言うかのようにアストレアがため息を吐いた。

「…………お見通しだったのか。確かにそのとおりだ」

「総帥っ」

前に出ようとするセツを、アストレアが手で制する。そのまま、ゆっくりと話し始める。

「星川優……否、イカロス・スターライト君。私と二人で、会談を申し込む」

小さく紡がれたその言葉に、ユウは肯定の意味を示した。そのままアストレアが立ち上がり、奥の個人会談室へと手招きする。

ユウが会談室に入り込むと同時に、アストレアが再度振り返る。

「それから、セツ君。せっかくだから、君のほうでミラーフェイスについての対策会議を開いておいてほしい。

できれば、今後の交戦方針についてを固めてくれると助かる」

「は、はいっ」

簡潔にセツへの命令を伝えると、今度こそアストレアは個人会談室へと消えた。



「さて、星川くん。こうして個人での会談を設けた理由はわかるかい?」

取調室のような狭い部屋の中央に据え付けられた横長のテーブル、その横にあった2脚の椅子に腰掛けて少したった後、

アストレアがユウへと問いかける。

会談の場、しかも個人どうしでの会談というからには、浮かび上がる答えはひとつだけだ。

「……ほかのみんなに話しにくい、あるいは話せない内容だ、と考えます」

ちょっぴり硬直気味のユウが答えを返すと、アストレアは殊勝な顔でうなずいた。どうやら間違ってはいないようだ。

「その通り。……セツ君やソウ君には話したのだが、やはり多数の耳がある場所では話せないからね」

その証拠に、アストレアの口からも同じ言葉がつむがれる。内心安堵したユウの前に、アストレアが何かを置いた。

はてと思って目線を下げると、そこにあったのは数枚の写真だった。どれも同じ人物が写っている以外には、大した特徴はない。

その人物が、ユウとまったく同じ容姿を持った少女でなければ。

「…………これ、私……ですよ、ね?」

ユウも驚愕し、数枚の写真をぱらぱらとめくりながらすべてに目を通していく。

どの写真に写っている金髪のポニーテールは、間違いなくユウ本人の写真だろう。しかし、ユウにはその光景に見覚えはない。

写真に写っているのは、いずれも3~4年前の容姿を持ったユウで違いなかった。その証拠に、3年前に紛失したはずのヘアピンを

頭部につけている。だが、3年前の記憶にこんな光景は映し出されることはない。

周辺の惨状、輝く瞳は黄金色、見慣れぬロゴが刻まれたどこかの組織のものらしいジャケット。

なにより驚いたのは、3年前―――つまり異能のことなど露ほど知らない時期のはずなのに、写真のユウが「異能の炎を両手に

纏っていた」という、フィルムに写された事実だった。

小さく口を開くユウのほうを見ていたアストレアが、ふむと小さく唸る。

「……その反応を見るに、この写真の光景には見覚えがないみたいだね?」

続けて投げかけられた質問に、ユウは首を縦に振る。

「は、はい。……この写真はたぶん三年前のものなんですけど、私、こんな時期に異能のことなんて欠片も知りませんでした。

……こう言うのもどうかと思いますけど、これは私によく似た別の人なんじゃないでしょうか?」

そう返事を返しても、アストレアのうなずきには歯切れの悪いものが混じっていた。数刻唸った後、アストレアが口を開く。

「私たちも、その可能性を考慮した。……だが、世界中所狭しと探しても、この写真に写った異能……

つまり君の『金色舞火女(こんじきまいひめ)』は見つからなかった。なぜか?……理由は簡単だ」

ほんの少しの間の後、開かれた口からは少々的外れな回答が飛び出す。

「君の異能が、『イレギュラー』だったからだよ」

アストレアからすれば常識的な、ユウからすれば聞きなれない単語である「イレギュラー」という一言に、しばらく

狭い部屋に沈黙が下りる。数刻した後、おずおずとユウが聞き返してきた。

「す……すいません。あの、『イレギュラー』って一体…………」

そう聞き返すと、アストレアが片眉を吊り上げた。知らないのか、とでも言われるかと思い、とっさに身を縮こませるが、

「なんだ。セツ君は話していなかったのか」というつぶやきだけが飛んできただけだった。

ほっと息をつくと同時に、アストレアの口から言葉がつむがれる。

「イレギュラー、というのは、既存の異能の力をはるかに凌駕した『新たな異能』とでも言うべき異能のことだ。

通常、異能は体内に眠った魔法の力が表出し、肉体と一体化することで使用可能になる……と、ここまではいいかね?」

「はい、そこのところはセツさんの説明で聞いてます」

そう返すと、アストレアは満足げにうなずき、説明を再開する。

「しかしごくごくまれに、本来は肉体の浅い部分で一体化するはずの魔力が深い深い部分……つまり細胞レベルで一体化し、

既存の異能とは異なる性質と力を持つ異能に変質することがある。それが、私たちの言う『イレギュラー』だ」

今の説明と先の言葉を合わせてつながることは、つまり。

「え…………ええぇぇーーーっ!?わ、私が、そのイレギュラー……なんです、か?」

突如として告げられた衝撃の事実に、半年前に「お前は異能者だ」と告げられた時とは別種のベクトルでの驚愕がユウを襲う。

そのまま驚愕の格好で固まったままのユウに、アストレアが続けて口を開いた。

「イレギュラー異能であったが故に、この写真の女の子は君だという事実が裏付けられてしまったのだよ。

……まぁ、そっちの話はこの際おいておこう。本題は、この写真なんだ」

そういうと、アストレアは懐からさらに一枚、写真を取り出してユウの前に差し出した。

少々遠慮がちに受け取り、目を通した写真に写っていたのは、これまた見慣れぬ光景。

先ほどから写真に写っている幼いユウと、その横に二人の男女が立っていた。片方は目元まで伸ばした髪を整えもせず、

この写真を撮影したのであろうカメラに退屈げな目線を送っている男性。

もう片方は、その男と目元がよく似たロングヘアの色白な女性。よく見ると二人の上着と幼いユウの上着には、見慣れぬロゴが

刻まれていた。

たまらずユウが首をかしげる。両隣に立っている男女とは、面識はおろかこの写真で初めて知ったようなものなのだ。

なのに幼き自分の隣に立ち、ともに写真を撮っている。首をかしげるなというほうがおかしい、とでも言いたげな表情で

アストレアのほうを見やると、彼もまた深刻そうなしかめっ面をつくっていた。

「……とりあえず、一応聞いておこうか。この二人との面識は?」

「ありません。……というか、こんな人と知り合いですらないです」

案の定の即答に、アストレアはたまらず苦笑を漏らす。

「そうかそうか……。つまり、この二人の……ひいては、この男の正体は知らない、とみていいね?」

「はい。……というか、正体ってどういうことですか?」

アストレアの口から出た一言に、ユウは疑惑の問いを投げかける。壮年の男はひげを軽くなでながら、先ほどの数倍も深刻そうな

表情を浮かべてしゃべり始めた。

「……この男の名前は『セルゲイ・ウラディミル』。またの名を……」


「インフェルノ」

彼の口から発された言葉に、ユウは背筋が凍りつくのを感じた。

インフェルノ、つまりいえば、現在ユウ――ひいては仲間たちの、最大最強の敵ともいえる存在。

そんな人物と並んで写真を撮った幼きユウは、いったい何者だったのだろうか?

そう問いかけるその前に、先んじてアストレアが口を開く。

「……先に言っておくが、これから話すのはあくまでも私たちの体験談だ。そこを承知でこの先を聞いてほしい」

「は、はい」

ユウの承諾を得たアストレアが、深刻げな表情を崩さぬまま、すらすらと話し始めた。

「ことの発端は、3年前……世界同時多発テロの時だ。そこらへんは、セツ君から説明を受けたと思うから、それを前提に話そう。

……私たちとインフェルノの軍勢が戦っている中、ある隊員が道端に倒れている人間を見つけた。

それがただの人間ならよかったのだが、倒れていたのはこのロゴを背負った人間だった」

アストレアが指差すのは、インフェルノと呼ばれた男の胸についているエンブレム。このエンブレムは間違いなく、

インフェルノ軍に所属していることを明示するためのロゴだったのだろう。

確認した、という意でユウがうなずくと、アストレアが話を再開させた。

「で、その隊員が何を思ったのか、その倒れていた子を連れて帰ってきてしまってね。……いやぁ、あの時は

相当な騒ぎになったものだ」

当時を懐かしんでいるのか、アストレアの目がほんのりと細められた。が、思い出に浸っている暇はないとでも言わんばかりに

すぐに表情はもとどおりになり、話が再開される。

「最終的に、その子の処分は総帥である私が決めることになった。……結果的に、あの選択は間違っていなかったようだな。

なにせ、こうして話ができているんだから」

最後に発された言葉に、ユウはわが耳を疑った。

「……って、え?総帥、今なんと…………?」

半ば反射的に発されたその言葉に、アストレアはこの日何度目ともしれない苦笑を漏らす。

「覚えてないのも無理はないか。……はっきり話そう星川くん。君こそが、ここに連れて帰ってこられたというインフェルノ勢の

人間だったんだよ」

明かされた驚愕の真実に、しかしユウは反応できなかった。

無理もない。今の今まで普通の女の子として生きてきたユウが、自分が、記憶がないにもかかわらず

インフェルノ軍の一員だったという事実を受け止められるほどの精神力を、だれが持ち合わせているだろうか。

混乱した頭を何とか落ち着かせ、アストレアに続きを話すように促した。いまだ平静を保ててはいないが、考えると

余計に錯乱しそうな気がしてならなかったのだ。

「いいかね。……結果的にここで保護することになった君は、その当時異能に関する記憶のほとんどを失っていた。

何があったのかを聞こうにも、君は記憶を失い、インフェルノ軍で交友のあったメンバーも通信途絶で、手掛かりは

一つも得られなかった。まぁ、それが幸いして強硬派からの接収を逃れることができたわけだがね」

混乱を鎮めるべく、必死にアストレアの話に食い入る。

「そして、その日からインフェルノ軍の反撃が目に見えて激化していった。結局理由がわからぬまま戦争は終結し、

こうして真相のしっぽをつかめたというのになぁ……」

そこで言葉は切られ、しばらく沈黙が下りる。やがて耐えかねたかのように、アストレアが再度口を開いた。

「星川君、もしこのことに関して何か思い出したりした時、できれば私のほうにも報告をお願いしたい。

現在活動しているインフェルノ軍の残党についても……ひいては、ミラーフェイスの行動についてもわかるかもしれないからね」

「……わかりました」

いまだ混乱は続くが、現在のところ、自分が何かのターニングポイントとして動いているということはうっすらと悟ることができた。

******


「雪姫(ゆき)くん、いるかい」

男―――瑛斗の声に、闇の中から音もなく姿を現す影。

その空間には、あらわれた女性のほかにも、一組の男女が姿を成していた。

「お呼びでしょうか」

「うむ。……さて、セルカくん。無駄だとわ思われるが、作戦の内容を説明させてもらう。心して聞くように」

男は椅子に座り、足を組んでふんぞり返りながら目の前に立つ少女へと告げた。

少女は深紅の長髪を揺らしさえせず、自身も静かに屹立して、青年の言葉を待ち続ける。

「今回君には、私たちの目耳として学園へと潜入してもらう。が、そのまま潜入したのではすぐに魔剣にばれてしまうだろう。

……そこでだ。雪姫くん」

「はっ。……あなたの中にある私たちに関する記憶を一時的に凍結し、ごく普通の転校生として潜入してもらいます。

こちらへの情報リーク手段についてはすでに手を打ってあります故、ご心配なく」

氷のように冷たい声にも、少女は動じることなく、ただうなずいて見せた。満足げに笑う瑛斗がするとてを上げると同時に、

女性は音もなく少女へと近寄り、その額に手を当てる。


「『氷人戦騎(ひょうじんせんき)』、コールドメモリー」

女の手から放たれる藍色の波動は、少女の存在を書き換える。



  • 最終更新:2017-10-08 15:43:03

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