1,5話 桜の季節に繋がる者達



「おはよーっ」

朝、私―ユウこと「星川 優」が普段どおりに教室へと入ってきた。

自分の席の前には既に友人であるリクこと「陸道 真二」が着席しており、

私の姿をみとめると軽く会釈してくる。

こちらも会釈を返し、机の上に鞄を置いて席に沈み込む。

「ふーっ、暖かくなったねぇ」

「だなー。…代わりに花粉がイヤミだけど」

「あー、わかるわかる。ボクも通学のときマスクつけてないと鼻がむずむずしちゃってさあ、

ホント勘弁してほしいよ」

あははは、と他愛ない会話をしていく。

「そういえばさ、リクはあの桜の木の下って行ってみた?」

私の指が、窓から見える桜の木の群れの一角を指差す。

他の木々に混じって一際大きく成長した桜の木が、まるで桃色の小山を作っているかのようだ。

ここ桜流学園の名前の由来になったといわれているその桜の群れは、形容しがたく美しい。

「いや、まだだな。景色いいのか?」

リクの問いかけに、私は勢いよく答える。多分目も輝いていただろう。

「うんっ!一面桜吹雪でね、すっごく幻想的なんだよぉ。今日のお昼、あそこでとらない?」

「ああ、いいぞ…いいたいけど、人は大丈夫なのか?」

あー、と私は口ごもる。

「……多分、結構人いるだろうなぁ。うーん…」

私が唸って悩んでいる間に、周囲の歓声が増してきた。

揃って扉のほうを見ると、今学園中の話題を引っさらっている少年が入ってきていた。

「あ、セツさんだ」

私と件の少年「セツ」は、入学式当日に押し寄せてきた謎の男達を

たった二人で撃退したとして現在話題沸騰中だ。

といっても自分はおまけ程度の一部の人間に騒がれているだけで、話題のほとんどは

もう一人の人物―――すなわち彼、セツに向いている。

いや、それは当たり前のことだろう。彼の話題の大本は、あのときに発現した「蒼い炎」のことだから。

私は内心あまり面白く思ってはいないが、かといってセツがうらやましいわけでもない。

なぜなら、

「なあセツ、あの炎のこといい加減白状しろ!」

「だからぁ、何度もいってるじゃん?ただのマジックだって」

「ならそれ、今からもう一回みせてよ!」

「無理無理、知人に譲っちゃって今その器具持ってないから…」

「じゃあ家で見せてくれよ!俺お前の家いきたいっ」

「ノー。家は遠いし、親に呼ぶなって言われてる」

あんなふうに質問攻めには会いたくない。セツに向かってこっそり手を合わせて、私は

リクとの会話に戻っていった。


―*―*―*―*―*―*―


2時間目 数学

まだ入学してまもないせいか、この教室や両隣の教室からは喧騒がたえない。

教師からも大してお咎めはなく(といっても担任の鬼教師は別だが)、今はもはやただのリラクゼーション状態だ。

といっても自分がそれに乗じることはあまりない。高校は態度がよくなければ最悪退学であるがため、

中学の最後に追い上げを食らった私はその努力が続くことになってしまっている。

(…こんなことなら、春休みはのんびりしとくべきだったなぁ)

はぁとため息をつきつつ、黒板に新しく書かれた問題をノートに写し、解いていく。

ふと、後でサラサラと書く音が聞こえた。

授業中ゆえにノートをとっているのは至極当然のはずなのだが、音の続き方に違和感があった。

シャッ、シャッと払うような筆使いの音。明らかに文字を書くときの音とは違っている。

正直、すごく気になった。

周囲の状況に乗じる気はないのだが、気にしてしまうとなんだか我慢できなくなる衝動がこみ上げてくる。

幸い問題は解き終わっている。まあいいかと心中で思いつつ、おもむろに振り向いた。

自分の後の席はセツの席だ。そこで、セツは絵を描いていた。

何かのキャラクターの絵だろうか。まだ足の部分が書きかけだが、一般のそれに比べれば水準は

高いほうであろう。

で――それを書いていたセツ本人が、こちらを見て呆気にとられていた。

はて、何か驚かすようなことでもしただろうか?と考える前に、セツが勢いよく絵を描いたノートを

机の中にしまいこんだ。

その速度に驚く。この様子を見ると、先生からは隠れて描いているのだろう。

そしてその本人の顔は、既に黒板のほうへと向けられていた。あれと思ったが、よく見ると

肝心のノートが黒板の7割ほどしか移されていない。

意外な一面もあるんだなぁと苦笑しつつ、ユウは体の向きを戻す。

面白いところを見たと一人優越感に浸りつつ、後からかすかに聞こえる安堵の息にひっそり苦笑した。


―*―*―*―*―*―*―


昼休み――

「うわぁーっ!いつにもまして綺麗だぁ」

「すっげぇ、桜の洞穴だぜ!」

私とリクは連れ添って桜の下へとやってきていた。

リクの表現どおり、その様はまるで桜色の壁を持つ洞窟のような雰囲気を出している。

が、流石にその下にはリクの予想通り人が多かった。この時期しか桜は咲かないのがちょっぴり恨めしい。

「…しかし、多いもんだなぁ。予想以上じゃねえか」

「うん……あーっ、下調べしておけばよかったなぁ!」

軽く項垂れていると、不意に後から硬質なもので肩をたたかれた。

妙に思って振り向くと、そこにはシャーペンを持った噂の人物、セツがいた。

何故こんなところに?と思ったが、彼の持ち物で大方はわかってしまう。

右手にシャーペン、左手にスケッチブックらしきもの。

どうやら彼はここに昼食にきたのではなく、この桜の光景をスケッチしにきたようだった。

そこまで考えると、不意にそのセツの口が開く。

「下見にくるんなら、隅から隅まで散策しといたほうがいいよ、お二人さん」

独特のイントネーションを持った関西弁が、彼の一部を象徴している気がする。

「で、隅まで見といたほうがいいってのは一体どういうことだ?」

リクが尋ねると、セツが手招きをする。こっちにこいという意味なのだろうか。

そのままセツが歩いていってしまうので、私達もあわてて後を追いかける。


歩いてすぐの場所に、セツが停止していた。私達が来たのを確認すると、もう一度手招きをする。

動かないところを見ると、回り込んでみてみろの意味なのか。

そう解釈して二人で覗き込んでみると、そこにはなんとはしごがあった。

「あれ…はしご?」

「なんでこんなとこにあるんだ?」

セツに聞いてみるが、当の本人もそれは知らないらしい。首を横に振る。

「俺もつい一昨日見つけたばっかでね。この際だから秘密基地にさせていただいたの」

はいってーと声をかけながら、セツははしごをスタンスタンと軽快に上っていった。

そんなに簡単に使っていいものなのかと疑念を抱きつつ、私とリクもそれに続く。

意外と長い。上ってる途中でぐらりと倒れれば大怪我必至だろう。

だがそれは杞憂だったらしく、頂点の太い枝と梯子がロープで幾重にも縛られていた。

何故自分はこんなに色々心配してしまうのかと若干ため息を付きつつ、最後の段を上りきる。

するとそこには、数十枚の板が4枚重ねで張り巡らされた広めのスペースが広がっていた。

ちょうど日向と日陰が半分づつ作られたそのスペースは、思いのほか快適そうだ。

「うわぁーっ!」

何より私は、桜の花がとても近い場所にあることがうれしかった。

淡い桃色の花の匂いがすぐ近くまで届き、なんだか幸せな気分になる。

「すっげぇ!これ、元からあったんだよな?」

「そ。今のところ俺ら以外見つけてないし、ままゆっくりしていってー」

肩をすくめて笑い、本人は座り込んでスケッチを再開した。

こちらに干渉する気はないらしい。ありがたく思いつつ、私達は桜の近い場所で昼食をとることにした。



「…にしても、よくこんなトコに建てられたものだよなぁ」

食事を終えた後、リクがおもむろにそんなことを口にした。

構造的には、数本の太い木の幹の上に板を張り巡らした簡単なものだ。

だが、それにしては老朽化が少ない。新品の板でこそないが、あまりつかわれた形跡がないようだ。

そして、こんなものを見つけたセツのことも気になる。入学式のあの戦い方といい、謎が多い人だとつくづく思う。

「ユウ?」

「ん…いや、ちょっと気になることがあってね」

キリキリと板を鳴らし、私はここに案内した人物のすぐそばによってみる。

「なに?」

振り向かずに、その人物―セツは私に問いかける。

「どうして、ここを見つけたんですか?」

私が問いかけると、若干抑揚の薄い声ですばやく返答が帰ってきた。

「…暇つぶしに散策してたら見つけたんだ。個人的にすっげぇ好みの場所に立ってたから、

放置してた奴が悪い」

「へぇー。ボクもここの光景は好きですねぇ」

本心からそう思って返したら、なぜか意外そうな顔で見られた。

「…俺の趣味についてくるとは、やるなお前」

「へ?」

「いや、なんでもない。…とにかく、お前とは馬が合いそうだな。

俺は休みの時間は大抵ここにいるから、なんか聞きたいことがあったら聞いてくれ」

終始彼のペースに巻き込まれてしまっているのをひしひしと感じる。

これは何か反撃を打たなければ、とちょっとイタズラっぽい考えが浮かぶ。

「よいしょっと」

それで思いついたのが横に座るくらいだったのが、ちょっと悔しいといえば悔しいが。

だが、横の彼にとっては充分驚く出来事だったらしい。戸惑いながら、私が座った横から少しずれる。

「…なんで俺の横に座るのさ。桜なんてここから見なくとも充分見れるぞ?」

ぶっきらぼうに返しつつ、彼もスケッチを再会する。状況はこれで優勢だ。

さらに打ち込めば、もうちょっとからかえる。そんなことを考えてしまい、クスッと笑ってしまった。

「何故笑うー?俺は別におかしなことは言ってない。ただ問うただけだぁ」

「はい、わかってますよ。思い出し笑いです」

じとっとした目で睨む彼の攻撃をなんとかかわし、お返しの行動に出てみた。

「あの、それ見せてもらっていいですか?」

「……え?あ、あぁいいけど…ほい」

たっぷり2秒硬直した後、あわてて彼はスケッチブックを突き出してきた。乱暴なそのしぐさに、

私は勝利を確信してみた。


「…へぇー、上手ですねぇ」

「そうでもない。俺より上手いやつはいっぱいいるし、そんな程度でほめられたら中途半端に傷つくよ」

「そんなことないですよ!ボク、絵はまだ小学生レベルですから、すなおにうらやましいです」

「そーかい……ま、ありがと」

先ほどからずっとこんな感じだ。色々話しかけてみても、結局そっけなくかえされる。

これ以上はつついても無駄かと思い、礼を言ってスケッチブックを返した。

一部始終を得笑な笑みで見ていたリクを促し、私達ははしごのほうに向かう。

「あんがと」

小さく何かが聞こえた気がして振り返ったが、そこにはスケッチにいそしむセツがいるだけだった。


その後、私達とセツはそこに通いつめる仲として友人になった。


このところ、ふと思うことがある。

あのときああしてセツと出会わなかったら、今の自分はどうなっていたんだろうかと。

普通に学園生活を謳歌していたのだろうか。それとも別に異能が発現して、彼らと面識を持つように

なったのだろうか。

「どうした、星川?」

「あ、いえ!いきましょう。リクたちが待ってます」

「ん、おー」

どっちにしろ、今のこの時間は私にとって幸せなことに変わりはないが。



  • 最終更新:2017-10-08 15:50:39

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